闇夜に啼(く、あの酉(の様に。
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初七日を終えた頃、鶫はようやく面と向かって薫子の顔を見た。
若々しく自信に満ち満ちていた薫子の面影は殆どなく、幾分か痩せて――というより窶れて見えた。
「薫子さん、お早うございます」
「ああ、鶫。お早う」
薫子は以前と変わらず、微笑む。
そういうところが、鶫には堪らなかった。
どこかで何かがぷつりと切れた音をたてる。
「野場先生。もう、やめにしませんか? こんなこと」
「つぐ、み? どうして……他人行儀なの?」
「……もう耐えられないんです。貴方とこうやって暮らしていくのは」
「何、言って……」
「僕は貴方の息子じゃないし、貴方が好きだった父はもう死んだんだ。だのに、どうしてこういった生活を続けていけるっていうんですか。……僕にはもう、耐えられないんです。父が好きだった貴方を見るのも、父をいとおしむ貴方を見るのも」
「そんな」
口が、止まらない。どこか加速度がついて、言葉が流れ出すのを鶫は最早とめることさえ出来ずに垂れ流していた。
薫子は怯えた瞳で鶫を見ている。
怖がらせたかったわけではない。傷つけたかったわけでもない。けれど、一度言ってしまった言葉はもう取り戻せない。二度と、リセットボタンを押すことも出来ない。たとえ、それが本心とは違うものであったとしても。
「僕は父が嫌いです。だから、父を好きな貴方も……嫌いです」
糸が切れた。
鶫は自分自身の手で壊したものの名を探ることもせず、1人部屋に閉じこもった。
もう、戻れない。
どれくらいの時が過ぎだだろうか。
鶫は電話のジリジリという電子ベル音で正気を取り戻した。
こんなことが言いたかったのではない。薫子を傷つけたかったわけでもない。
自分はなんて子供だったのだろう。これでは思い通りにならなくて駄々を捏ねる子供と同じだ。
自己嫌悪。自己嫌悪。自己嫌悪。自己嫌悪。
鶫は膝を抱え、1人、蹲った。
薫子は、いない。
(僕は独りぼっちだ)
出る者のいない電話のベルは、鳴り止まなかった。
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